By JERÉ LONGMAN
2011年7月17日
発信地:フランクフルト
日曜日、日本は、初めて、ワールドカップ女子で優勝した。それは、希望、再起、忍耐、冷静と少なくない幸運で築き上げられた大勝利である。被災国を盛り上げながら、何とか勝とうとしたその試合は、米国が支配しながらも抑えることはできなかった。
試合結果は、2-2で終了した規定の30分の延長戦の後、日本が、ペナルティキック戦を3-1で制した。洗練されたパッシング攻撃は、徹底したアメリカのディフェンスによって鈍らされながらも、日本は、穏やかに、立て直しながら、アメリカの2回のリードを跳ね返し、そのがんばりと決意の中で、断固として戦った。
そのがんばりは、、両方の日本のゴールにつながったボールの思いがけないのバウンドと、少し広がりすぎてクロスバーとゴールポストに当たったアメリカのボレーシュートで、最終的に報われた。そして、ゲームは、ペナルティキック戦という容赦のない勝敗決定に至った際、日本チームはぐらつかないままであった一方、アメリカチームは、珍しく落ち着きを失っていたのが明らかでだった。
もし、日本チームがラッキーであったと言うならば、それは、日本チーム自身でもたらした幸運であった。この日曜日まで、それは米国に対しての戦績は、0勝22敗3分であったが、この一晩で、この以前の一方的なライバル関係は、サッカーの最も重要な試合において、違う方向に転がった。
「私のサッカーの神が、初めて、米国に対し勝たせてくれた。」コーチのササキノリオさんは言う。「間違いなく、何かの助けが加わったと思う。」
この日本の勝利は、地震と津波が国の東北地方沿岸を襲った4ヶ月後にもたらされた。15,000以上の人々が死亡し、数千人が避難を余儀なくされた。そのシーズンの出場辞退を余儀なくされたプロ日本人女性のチームも例外ではなかった。大会期間中、代表チームは、チームの勝利が日本の人たちを励まし、誇りをもたらしてほしい、と繰り返し話していた。
「彼らは、地震災害の被災者に勇気を伝えたい、と言い続けた。」NHK、日本の公共放送ネットワークは、月曜の早朝、優勝を伝えた。
東京では、ファン達が抱き合い、声援と通りにあふれ、始発列車に向かっていた。ニュース報道局らも、ワールドカップの結果を伝えた。テレビ朝日は、「歴史的な勝利」だと伝えた。
「日本列島中が祝福している。」と報じた。
米国は、PK戦で負けずに、4-1で勝てたかもしれない試合を落としチャンスを逸したことを、しばらく悔やむことになるであろう。しかし、日本は、屈しなかった。アメリカ人がリードを奪う度に、日本は、逃さず攻撃し、追いついた。
「アメリカチームは、ゴールを決めると、足が止まった。」ササキさんは言う。「我々は、それをわかっていた。」
アレックス・モーガンが、69分、ロケットシュートで先制し、1-0とした後、日本は、アメリカのディフェンスのぎこちないミスを利用した。81分、レイチェル・ビューラーは、必死のクリアランスの試みたが、彼女のパスは、アリク・リーガーから、突進してきた日本代表ミッドフィルダーのミヤマアヤに渡った。
彼女の側足のシュートは、無防備なホープソロを破りアメリカのゴールへ。1-1とし、30分の延長戦に持ち込んだ。
「走りに走った。」サワホマレ、日本チームキャプテンは言う。「疲れ果てていたが、走り続けた。」
104分、フォワードのアビー・ウォンバックは、どのサッカー女性選手よりも見事にすべきこと果たした。モーガンからのクロスボールをヘッディングで合わせ、ネットに沈めた。米国は、2-1でリードしたものの、予断の許さないリードだった。再び、日本が反応した。
117分、サワ、32歳、5度目のワールドカップ参加、コーナーキックを方向を変えウォンバックをかわしゴール。2-2の同点に持ち込んだ。沢のゴールは、ワールドカップ大会中で5本目のゴールだが、これほど切迫したものはなかった。そして、勝負は、PK戦に及んだ。
12年前、アメリカチームは、中国に対してPK戦を制し、ワールドカップで優勝している。この大会の準々決勝でも、アメリカは、もつれるPK戦を破り、ブラジルに競り勝った。しかし、この時のアメリカチームは、あまり前向きな感じではなかった。ゲーム終盤のラリーでも、ゲームを立て直すのではなく、リードをあきらめているようだった。
「日本チーム以上に、アメリカチームにもプレッシャーがかかっていたようだ。」とササキは言う。「我々は、言い合った。『こうして、我々は、ついに決勝まで来て、PK戦までやって来た。我々には、何かが憑いている。』それで、幾分プレッシャーが解れた。おそらく、この時の状況に対処するのは、日本チームの方がやさしかったのだろう。我々は、追い付いた立場だった。心理学的観点からみても、PK戦は日本チームが有利だった。」
シャノン・ボックス、最初のアメリカのペナルティーキックは、キーパーのカイホリアユミの右足で阻止された。これが、アメリカチームの気力を奪い、やる気をくじいたように見えた。カルリ・ロイドは、彼女のキックを膨らましてしまった。カイホリは、トービン・ヒースのペナルティーキックも止めた。唯一、ウォンバックだけは、落ち着いて、アメリカチームのため、ペナルティーキックを決めた。
「私は、PK戦では助けられた。アメリカチームがミスをした。」カイホリは言う。彼女は付け加える。「PK戦では、ただ、自分自身を信じるだけ。私には、とても自信があった。単純に、私に向かって来るシュートのすべてをクリアしたかっただけ。」
一度は手の届かないところに見えた大勝利を、勝ち取るこのチャンスに、日本代表ミッドフィルダー、クマガイサキは、腰に手を置き、彼女の腕を伸ばした。そして、ゴール左上隅にペナルティキックを放った。
「本当に、言葉がない。」ウォンバックは言う。「ほぼ互角だった。」
日本人選手は、競うように共に勝利を分かち合い、紙吹雪でシャワーを浴び、そして、国際的な災害救援に関して、「友達である世界中の皆さんへ、あなたがたの支援に心から感謝しています。」というバナーを広げた。
今回のワールドカップでの勝利ごとに、日本チームの自信は、チームの愛称で呼ばれているピンク色の花のように、開花していくように見えた。以前はヨーロッパのチームを破ったことがなかった日本が、今回はドイツやスウェーデンを片付けた。そして、このトーナメントで優勝。米国に対して、ペナルティーキックというどちらに転ぶかわからない勝負を制した。
「もし、ワールドカップで、他の国が優勝するとして、それが日本であるならば、私は、本当にうれしく誇りに思う。」ロイドは言う。「心の奥底では、我々が勝つ運命なんだと、本当に思っていた。でも、おそらく日本が勝つ運命だった。」
今回は、日本チームにとって、アメリカチームに対するすばらしい転機であった。日本チームは、今年、アメリカに3度破れている。5月に米国で披露された2回の敗北のときは、日本チームは、地震と津波からか茫然としていたようだった。ジュリーファウディは話した。彼女は、元アメリカチームのキャプテンで日本チームのサワとも友人である。
ファウディは、その米国での2度目の敗北の後、サワと話をした。サワは「我々は、大丈夫。」と答えた、と言う。
「でも、大変な状況であることは、わかっていた。」ファウディは最後の日曜日、決勝戦の前に言った。「日本チームが、どれだけ悲しみや苦しみで圧迫されていたかが、わかった。悲しい。日本チームは、衝撃と苦しみを乗り越えて、楽観さを持ち始めている。今回は、全く違うチームのように見える。」
チームは今、世界の頂点に立っている。
(終)
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